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2014年3月 3日 (月)

細谷角次郎氏について 横須賀偉人伝 3回目

見る・聞く・歩く シニア女子の日々 3月3日(月) ノースポール小さい株に白い花、つぼみ

 いつもの高速コースで西のコミセンへ。駐車マークを見ていると18時から9時までの駐禁ということはここの路上には止めてよいのだ。早く気がつけばよかった。
 しおさい博物館の学芸員の名前は忘れたが男性の大楠小出身の方が講演をしてくれた。レジメがなかったので
書き取った事柄が正しいのかわからない。その方の簡単な一生と業績、やり遂げようとしたことなどを簡単にはなしてくれた。周囲の人の話を聞く中で黎明期の日本の貝類学界の様子がわかる。ついでの話の中で、日本の貝塚を発見したモースの孫が日本にきて貝類の研究をしていると言っていたのが面白かった。学者の子は学者という累積の血がそうさせるのかな。
 昭和天皇の研究のお供をして、おびただしい数の貝類の標本をつくり、交換したらしく相模湾と採取場所だけかいてある標本は大体細谷さんのものなのではないかとはなしてて、九州から北海道まで交流の跡標本を通じてのこっていると話していた。通説とは違う一生だったと話してくれたが、通説を知らないので、あんまり大発見とまで共感できなかった。
 帰りは湘南国際村経由で帰った。高速は使わなかったが17kmくらいあった。

 今日の挙句
 武士の一分 何でユーが テレビばあさんの一日

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